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カテゴリ:古墳探訪記( 76 )

本日、群馬県埋蔵文化財調査事業団から金井東裏遺跡調査報告書が届きました。
あの榛名山噴火に対峙していた「よろいの人」の遺跡です。
古墳も2基出土しているみたいです。

送料合わせて一万円越えというお値段に躊躇した買い物でしたが、
5冊セットの厚みは広辞苑を越え、遺跡報告書にしては驚くほど
カラーページを多用し、「これ一万円で作れるのか!?」と思う程すごい内容です。

星野先生の「スサノオ最後の戦い」が収録されているMILKY WAYとツーショット!
横にしましたが、立てても遺跡報告書の方が縦が高いです。
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by rokkou-minoru | 2019-05-09 16:43 | 古墳探訪記 | Comments(0)

アプリ「ぐんま古墳探訪」のお知らせで知った、昨年群馬県藤岡市のイベント
HANI-1グランプリに出店していた武人ちゃんのたい焼きクラウドファンディングを支援しました。

https://greenfunding.jp/harebutai/projects/2632


by rokkou-minoru | 2019-04-16 13:50 | 古墳探訪記 | Comments(0)

中山霊園内に保存されている古墳群です。
マップ
考古博物館でいただける。
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標柱
中山15,16,49号墳並びの列で撮影。中山霊園入口の道路にもあった。
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中山15号古墳
墳丘
現存している鍬形原古墳群の中で一番見応えがある。
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石室内部
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説明板
内容抜粋
墳丘には高さ1mほどの外護列石、周溝あり、
一辺20m、高さ5mの方墳、
玄室・長さ4.8m、幅1.8m、前後2室に分かれる、
羨道・長さ2.6m、壁高1.6~1.8m、無袖式、前庭部あり。
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中山16号古墳
墳頂からの景色
谷をひとつ隔てているものの、この斜面の下側に向畑・坪ノ内古墳群があり、大きな一群のように見える。
同じ台地の北側に弘法山古墳、北尾根古墳群がある。
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説明板
内容抜粋
径約20mの円墳
羨道は失われ、盛土も無く、天井石も欠き石室が露出していた。
調査後羨道・天井石を保護土で埋め戻した。
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下から
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天井石付近
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石室内
ほとんど保護土が写っただけだが、最近買った自撮り棒の初成果だったので結構うれしかった(笑)
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49号墳
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墳丘石
斜面のせいか、荒れ方はかなりひどく見える。
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17号墳
全景
墓地の区画の中に保存
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石室
南から
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植樹の根が石室の石を圧迫しているように見えるが、どうにかならないのだろうか?
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39号墳
保存のため杭とロープで囲ってはいる。周溝も残っている?
墳丘
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標柱
後で「39号」古墳と彫ろうとしてそのままになった印象。
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墳丘石
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18号墳?
最初に紹介した「中山霊園内古墳群マップ」には記載されていないが、
考古博物館HPから入手できる「中山史跡マップ」には書かれている(部分拡大)。
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その場所の写真。
赤い枠内も青い枠内もあやしい。全般的に中山霊園内は古墳の石と思われるものがゴロゴロしている。
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中山62号古墳
説明板の記述ではこれまで聞いた事も無い玄室を縦割りに加工した古墳らしい。
現場保存されるのもこれほど珍しい類例では無理もない。

説明板
内容抜粋
既に墳丘や天井石、羨道は失われていましたが、両袖式の横穴式石室石室であったと推定されます。残存していた石室は、幅2.5~2.8m、奥行2.6mのほぼ正方形を呈し、側壁は1.2mの高さが残されていました。
 本古墳の特徴は、石室を縦に区切る中央部の石壁の存在で、これによって正方形の石室は西と東の2室に分けられていました。中央の石壁を詳細に見ると、西側の石室に合わせて石の面が揃えられて側壁状になっているのに対し、東面は不揃いで側壁の態をなしておらず、しかも、石室の床面より若干高い位置から積み始められていました。このことから、当初、正方形の石室が構築された後、しばらく期間をおいて中央部に石壁を築き、石室の幅を狭めて長方形の西側の石室のみにし、東側の石室は埋め戻していたことが推定されました。中山古墳群にあっては、両袖式の方形の石室も初めての知見でしたが、さらにそれを改変して長方形の石室に直してある事例は、当地方において例を見ない珍しいものと言えます。
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遠景
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近景
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by rokkou-minoru | 2019-04-12 05:30 | 古墳探訪記 | Comments(2)



桜ヶ丘古墳
松本市野球場北北東300m。
説明板
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墳丘北から
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墳丘南から
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墳丘石
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針塚古墳
松本市山辺運動広場西北西350m。
周溝保存のため、広く敷地を確保してくれている。
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墳丘北西から
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墳丘東から
竪穴式石室を復元している。景観にもご注目あれ。
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説明板
内容抜粋
墳頂の竪穴式石室の他、周溝の底からも2基の埋葬施設が発見。
積石塚古墳・径20m・周溝幅1.6m(西側)~3.1m(東側)/墳丘高さ約2m
墳頂部竪穴式石室・長さ2.25m/幅1.30m
南側木棺墓・長さ1.76m/幅0.88m
東側竪穴式石室・長さ1.56m/幅0.35m
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by rokkou-minoru | 2019-04-11 05:30 | 古墳探訪記 | Comments(0)

久々の「下調べに無かったけど現地に行ったら見つけた古墳」。

案内図
元々桜ヶ丘古墳に向かっていたが、途中で見かけた。
桜ヶ丘古墳は松本市野球場から見て北側。妙義山古墳跡は東側。
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案内板
目的地までかなり親切に立てられている。
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獣よけフェンス
棺護山古墳群同様現地はこの向こう。熊よけの鈴をお忘れなく。
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1号墳
古墳群全般の説明板が立っている。背景の景観にもご注目あれ。
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説明板
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標柱
引っこ抜けてからかなり時間が経過しているように見える。埋もれてしまう前にまた立てて欲しい。
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2号墳
墳丘
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説明板
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墳丘石
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3号墳
墳丘
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説明板
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墳丘石
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by rokkou-minoru | 2019-04-10 09:11 | 古墳探訪記 | Comments(0)

前回までは同じ場所に固まって存在していた古墳の紹介だったが、今回は自転車・車で移動しながら見た古墳。

小山下古墳
考古博物館の東南東400mの畑地。
現地の看板はここでは何が書いてあるか不鮮明だったが、次の埴原(はいばら)古墳でわかった。
墳丘
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看板
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埴原古墳
小山下古墳の北東方向200m。
看板
そばの業界団体が文化財の管理に協力しているらしい。
この辺りだけでも他にもまだあった。
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墳丘
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墳頂の馬頭観音
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大槻古墳
小山下古墳の南南東300mの尾根沿い。
埴原城跡入口標柱
このコースの途中にある。
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聖域のような場所
「中山史跡めぐりマップ3」に書かれている鳥居がこれを指しているなら墳丘のうち一基は次の写真で合っていると思う。
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墳丘
もう一基この奥にある表記だが、山道の北側に書いてある。
しばらく歩いても北側には敷地の広い場所にたどり着かないのであきらめて下山。
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小丸山古墳
考古博物館の北500m。メインストリートから見える。
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22号墳
小丸山古墳の南南東150m。
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21号墳
22号墳の南東150m。
墳丘
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墳丘石
すごい石室が存在していた雰囲気。
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耳塚古墳跡
考古博物館の西2.5km。
説明板によると安曇族王の墓。
目立ったマウンドは無く、石碑に耳塚古墳跡と書かれている。
説明板
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古墳跡
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安塚古墳
松本電鉄・新村駅の西400m。
石室が残っている。
石室南から北
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石室北から南
天井石も一部保存してある。
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説明板
二十基をこえる古墳の6号墳と記述されている。
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by rokkou-minoru | 2019-04-09 05:30 | 古墳探訪記 | Comments(0)


前回紹介した分も含めてですが、松本市の中山周辺はどの古墳群に分類されていても「中山〇〇号墳」と呼ばれる古墳がほとんどのようです。

標柱
中山保育園入口の案内と並んで建っている。
絵地図では中山保育園からライスセンターあたりが向畑遺跡、
8号、10号墳を含む田畑を坪ノ内遺跡に分類している。
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1号墳・向畑遺跡内
保育園駐車場に隣接
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1号墳から西は荒れたままなので雑木林を突っ切らず、保育園南側の道を通って西に出たと再度雑木林へ入るのが無難。
3号墳・向畑遺跡内
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2号墳・向畑遺跡内
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4号墳・向畑遺跡内
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40号墳・向畑遺跡内
雑木林西端で道路に面している。
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5号墳
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6号墳
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7号墳
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8号墳・坪ノ内遺跡内
事業所敷地
墳丘
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墳頂のお社
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10号墳・坪ノ内遺跡内
田んぼの中にここに行くためだけの参道をわざわざ作り、他の墳丘より圧倒的に目立つ。
別格扱いのように思える。
墳丘
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墳頂のお社
土台の石は石室のものに見える
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9号墳
個人宅の庭山
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別アングルでここから撮影すると、
この家の敷地すべてが景色まで含めてジオラマのよう。
庭師かオーナーさんの芸術的なセンスを感じる。
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この後3基は道から離れた位置に書いてあり、状態次第では諦めようと思っていたが、よく手入れされていて移動しやすかった。
41号墳
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42号墳
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43号墳
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by rokkou-minoru | 2019-04-08 15:00 | 古墳探訪記 | Comments(0)

北尾根古墳群
弘法山古墳と道を挟んだ反対側の散歩道に存在する古墳。
振り返ると考古博物館が絵地図で紹介している古墳の多くはコースに伐採等、手が入っていて歩きやすい。
ここもそうだし、墳丘もわかりやすいが現地に案内は無い。
しかし松本市考古博物館に事前に質問をしたらきちんと回答も容易していただいていたので、
望めば遺跡地図も用意していただけるかもしれない。

周辺案内図
散歩道入口に設置してあるが、木製のため腐りかけている。
平成9年製ならすでにステンレス、タイル等耐蝕性の材質の看板は作れたはずで、
伐採等には力が入っているので惜しい気がする。
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仮称1
一番手前の墳丘
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仮称2
二番目の墳丘
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仮称3
三番目の墳丘。墳頂がへこんでいる。
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棺護山古墳群
弘法山古墳の台地から川を挟んだ反対側に存在する。
古墳に関し質問した地元の方は結構詳しく、
開成中学校コートの位置にあり、現在存在しない36号墳はかなり出土物が豊富で
力を入れて調査したこともよくご存じだった。
松本市考古博物館の展示でも
「棺護山にあった方墳です。4世紀後半の畿内系の土器、東海地方の土器の特徴をもつ土器、弘法山古墳の鏡と同系統の鏡が見つかりました。
中山36号墳に葬られた人は弘法山古墳の後継者と考えられています。」
と説明文があった。
33号、34号墳は
「こんなところ地元の慣れた人じゃないと戻ってこれなくなるよ。」
との事で断念。
余談ですが棺護山古墳群のあるコースは首吊りもよくあるそうです(汗)

31号墳に関しては地元の方はご存知無いようでしたが、
博物館の地図では開成中学校東側にアプローチ出来る別な道があるようでした。

32号墳
宗教施設の東側
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35号墳
宗教施設北東側
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35号墳の先に行くには獣よけフェンスを自分で開閉して行かなければならないので自己責任。
熊よけの鈴をお忘れなく。
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56号墳
フェンスの先
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松本市考古博物館
絵地図による文化財の案内が熱心で、質問に対し回答も準備していただけた。
建屋
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看板
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by rokkou-minoru | 2019-04-07 20:55 | 古墳探訪記 | Comments(0)

群馬県古墳総覧・富岡市604・綜覧:高瀬村23号古墳(行人塚(疱瘡山))・前方後圓・(160尺)
墳頂
くびれ部が一番高いところから、改変されていると思われる。
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墳丘・東から
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群馬県古墳総覧・富岡市377・桐渕古墳群O(オー)号古墳・石垣に囲まれる
行人塚墳丘でぺんさんに教わった古墳。
撮影時は気付かなかったが、家との際に確かに石垣がある。
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群馬県古墳総覧・富岡市293・桐渕古墳群A号古墳
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(左)群馬県古墳総覧・富岡市294・桐渕古墳群B号古墳
(右)群馬県古墳総覧・富岡市295・桐渕古墳群C号古墳
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群馬県古墳総覧・富岡市608・綜覧:高瀬村28号古墳
往路ですでにぺんさんに教わって撮影していた。
崖の際に存在し、石室の崩れているようだが、この立地で残っているのはありがたい。
東から
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石室
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石室内部
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群馬県古墳総覧・富岡市113・双子塚古墳・前方後円・全長約50m・高瀬村22号古墳・桐渕古墳群
粘土塚古墳同様前方部、後円部に高低差が無く、真っ平な印象の前方後円墳。
北から
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前方部から後円部。
偶然伐採作業をしている職人さんの作業直後で、墳丘はかなり見学しやすい状態で運が良かった。
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段丘の1段目と2段目の境目?2段目は低くて平坦で、他の墳丘とイメージが違う。
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by rokkou-minoru | 2019-03-30 05:30 | 古墳探訪記 | Comments(0)

福島町の古墳を見て回った後、まだ時間に余裕があったので、過去に編集中写真を大量喪失してしまった
桐渕古墳群(高瀬村古墳群)にぺんさんに付き合っていただきました。
思い付きで向かったので私は手ぶらだったのに対し
ぺんさんは資料をお持ちで、案内するはずの私が逆にフォローされまくり(汗)

ぺんさん、移動中も帰宅後のフォローもありがとうございました。
マニア同士で古墳を歩くとすごく効率がいい事を感じた二日間でした。
通常私は教わってばかりの事が多いですが(笑)

その大量に写真を喪失し、大した報告にならなかった記事もご覧になっていただけるとありがたいです。


2018.9/25群馬県富岡市

群馬県古墳総覧・富岡市112・粘土山古墳・前方後円・全長62m・高瀬村30号古墳・桐渕古墳群
墳丘
これだけは上記記事にもアップしたが、芝生が9月は青く、3月は枯草色だったので一応アップ。
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説明板
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墳丘石
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群馬県古墳総覧・富岡市606・綜覧:高瀬村26号古墳
集合住宅内に存在
墳丘
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説明板
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群馬県古墳総覧・富岡市615・綜覧:高瀬村37号古墳
駐車場敷地に存在。圓型という記述なのでだいぶ改変させられている。
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群馬県古墳総覧・富岡市605・綜覧:高瀬村25号古墳
前回の報告で写真入りで
東側、北側に家が立ち、南側も分譲地に整地していた。残っても道から見えなくなる可能性がある。」
と紹介した古墳の別アングル。
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群馬県古墳総覧・富岡市614・綜覧:高瀬村36号古墳(伊勢塚)
近隣が宅地になっていく中、残っていて威容を感じる古墳。
南西から
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北東から
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群馬県古墳総覧・富岡市618・綜覧:高瀬村40号古墳(塔塚)・(人骨)
ぺんさんから教わった古墳。セブンイレブンの駐車場越しにストリートビューでも見える。
ストリートビューとほぼ同じアングル。
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墳丘石
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北東から
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群馬県古墳総覧・富岡市619・綜覧:高瀬村41号古墳・(曲玉、刀)
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by rokkou-minoru | 2019-03-29 14:56 | 古墳探訪記 | Comments(0)